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心の壁。

芸能人の離婚会見等でよく耳にする『価値観の相違』これって、やっぱりあるし、重要な問題だな〜と思う。ってウチが今、危機にあるとかではなく、友人関係でも、職場の同僚でも、もちろん恋人同士や夫婦間、家族に至ってもあり得るかもしれない。思いは言葉にしないと伝わらない等と言うが、言葉にしたところで、その概念がなければ通じないという事。
ただ、人なんて100人100通りで価値観なんて、ソレゾレに違っていて当然だ。かなり近いという人がいて、その人と出逢い、なんらかの関係を持てることは奇跡的でとてもラッキーな事なのだろう。だけど、そうでない場合、価値観が違うと言い切ってしまうのは簡単で、でもその人が自分にとって、魅力的で大切な存在だとしたら、何処まで歩み寄れるかがポイントになる気がする。相手に歩み寄ろうとする心、その気持ち。その人の普段の言動等から、察するうれしい事、悲しむ事、喜ぶ事、苦しむ事。自分にはないその捉え方をそれでも自分に置き換えてみようとする努力。友情でも恋愛でも、家族間であってもその時に『愛情』を感じるように思う。
自分の事のように喜んでくれたとか、泣いてくれたとか、激怒してくれたとか。そして、そこを通って、『慈愛』を知るように思う。掛け値なしの愛というやつだ。相手の全てを受け入れ、許す事。許し、許される関係か。
大げさかもしれないが、世界中がそうなれたら、今この時に戦争をしている所はないかもしれない。
だけど、すぐ側でも、自己愛の枠から抜け出せずに、傍若無人に振る舞う人がいて、それをぐ〜っと一人我慢して、涙を流す人がいて、だけど耐えきれずそちら側に心を奪われた時、身近な小さな戦争は始まるように思う。
耐える人はいつも耐える役で、損な役回りな気もするが、(と言うのも、逆の立場の側は耐えさせてるという概念がないので、そこまでたどり着くのに物凄く時間がかかると思われるから)その人こそ、『愛」を知る人だろう。
私は、私の言い方をすれば、奇跡的でラッキーな人間関係の中にいる。
少数精鋭の素晴らしき友人達と、愛すべき家族。
ありがたいな〜。
ケッコウな病気をしたりしたせいか、まあ、突然死の可能性も無きにしも有らずのせいか(可能性的にはね)最近は、物思いにふけてしまうのです。
若い頃、誰しも多かれ少なかれそうであるように、刹那的で、おもしろくてナンボという日々を過ごしたりもして、でも今、何者にも邪魔されず過ごす穏やかな小さな毎日というものが、何よりもキラキラして尊くて、一番手に入れるのが難しく大切なものだとしみじみと思う。
1日1日、心穏やかにすごしたいものです。
私も、世界中も。
by baniko01 | 2006-02-10 23:02